しかん香ブログ
しかん香からの楽しいおたより

福袋(平成18年12月28日)

 御堂筋の銀杏もすっかり落葉してしまった。昨日と打って変わって枯風が吹いている。来るべき冬が来たと言う感じだ。その並木道を襟を立ててそそくさと歩く人。今日で仕事納めの人もおられるのだろう。寒気が人をどことなく気ぜわしく家路へ急がせているようである。クリスマスも過ぎ以前のような盛り上がりもなく年末を迎えようとしている。この寒さをふっ飛ばそうと、熱い思いで縁起担ぎのしかん香福袋を作ろうと店に戻った。
毎年暮れに悩む福袋。これは一気に作らないとダメ。店のスタッフがビックリするぐらいに、商品を詰める内にどんどんエスカレートしていく。

わがしかん香の福袋は3万、5万、10万、50万、100万。百貨店のような数はないが、
中身は負けないつもりだ。中身は透明の袋にいれてある。そして高額はショーケース
に展示している。すべて見えるようにしている。

2007年を幸運の年にするため、夢いっぱい詰める。新年一番に来られるお客様の笑顔
が楽しみである。その笑顔が一年のうれしいスタートとなる。あと一息エスカレート
しょうかな。
by shikanko | 2006-12-29 01:48 | 社長ブログ | Comments(0)

一人でメリークリスマス(平成18年12月25日)


クリスマスイブはビデオでも見て夜を過ごそう思い道頓堀のTSUTAYAに入った。一階は新書コーナーだ。そこでふと目に留まったのが「父親たちの星条旗」だった。もう新聞や雑誌で幾度となくタイトルは目にしている。ちょっと興味をそそられ買うことにした。
早速家に帰って読み始めた。もちろん太平洋戦争の硫黄島の戦いである。これはアメリカ人が書いたドキュメンタリーだ。
どんどんのめり込むようにページを追って行った。時間も忘れていた。時計を見るともう夜の6時になろうとしていた。
その時ふと思いついた。この映画を見に行こう。すぐにパソコンで劇場を探した。
残念なことにもう大阪市内ではどこも上映されていなかった。
諦めているところ、妻が「それやったら硫黄島からきた手紙のほうにしたら。」と言った。「ああそうやな。本ではアメリカ側から見た硫黄島の戦いを、映画は日本側から見る。」
これは良かったと思い、上映時間を調べたら今から見れるのは9時からのレイトショー。「一緒に行こか」と妻を誘ったが「戦争物は苦手」その一言で一人さびしく行くことになった。

難波のマルイ、TOHOシネマ、プレミアムスクリーンである。入場料は普通の倍、その代わりシートはゆっくりしている。
映画を見るのも何年かぶりだ。時刻が遅いこともあって客席はまばらだった。
映画予告が終わると、今読み終えたばかりの硫黄島がそこに現れた。
スクリーンには渡辺謙演ずる栗林中将が着任早々島を歩いて廻るシーン。それを私は
先ほど読んだ本の中でアメリカ軍が上陸し、浜辺で日本側の攻撃により兵隊が死んでいくシーンとダブって浮かんできた。
この映画では「日本人の硫黄島の戦い」を見せていたが、同時に敵であるアメリカ人の苦悩も見えてきた。
複眼的に見えるとはこういうことだろうか。
ともかくすごい戦いだったに違いない。極限の戦い、そこに自分がいたらどうだったか。
アメリカ人が書いた「父親たちの星条旗」のなかの一節・・・

君たちが家にかえったら、
ぼくたちのために、家族にこう伝えてくれるかい。
君たちの明日のために、
ぼくたちは、ぼくたちの今日をあげたんだよと。
この戦争で亡くなった我々の祖先たちと同様に敵であったアメリカ人も同じ思いだった。このことを忘れないでおこう。
二度と同じ過ちを繰り返さない。二度と、、、
メリークリスマス。
by shikanko | 2006-12-25 22:48 | 社長ブログ | Comments(0)

クリスマスプレゼント感謝の印(平成18年12月23日)


ふらっと心斎橋筋商店街を歩いた。今日はすごい人出だ。若い男女連れが目立つ。明日はクリスマスイブ、通りにはクリスマスソングがなっている。
大丸に入った。いろんなブランドアクセサリーのショップコーナーが所狭しと人で一杯だ。恋人風の二人連れ、母親と娘、女性一人も。ひときわ目立った中年の男性が一人しきりに店員と話していた。
黒のジャンパー姿、ズングリムックリのおっさんと言う感じである。さりげなくそのアクセサリーのコーナーに近寄ってみた。
商品を見るでもなく、二人の会話に聞き耳を立てた。若い女性店員が「プレゼントされる方はおいくつぐらいでいらっしゃいますか?」と聞くと「三十ちょっと、いやあ四十ぐらいや」とその男性は答えた。
「じゃあこの黒いトップのネックレスはいかがですか。」と言う。それに答えて「一万三千円ではちょっとなあ、もうちょっとええのんないんか。十万もしたらあかんけどな。」中年のおっさんはそう言ってしきりに若い女性店員を見て楽しむふうである。
奥さんにあげるのか、彼女?にプレゼントするのか、ちょっと愉快な一こまだった。

その場所を離れてもどこのコーナーも買い物客で一杯だ。若い男女連れ、片方の女性があれもこれもと、店員に商品を出させている。一方の男はジーパンの後ろポケットに手を挿して、ただニタニタ付き添っているだけ。これが息子だったらと思うとちょっと寒気を催した。
しばらく、一階のアクセサリーフロアーをまわった。それぞれが思い思いに愛の印を感謝の印をプレゼントしようとときめいている様子だ。
はたと自分の心の中にそんな気持ちがなくなっていることに気づかされた。
一階の混雑を抜けて御堂筋に出た。外も人で一杯。銀杏のじゅうたんの舗道を楽しんでいるように見えた。
さあ急いで帰ろう。我が店もちょっとはクリスマス景気かも?
by shikanko | 2006-12-23 19:22 | 社長ブログ | Comments(0)

まだまだ負けられない。(平成18年12月20日)


 東京出張。以前は朝一番の新幹線で行き最終で帰ることが多かった。
今は遅くなっても、前日に行くことにしている。日帰りで行くと何日も疲れが取れないからだ。
気力はあるが体が反比例する年齢になったようだ。我が心斎橋も毎日クリスマス・年末の人出で賑わっている。しかし東京の賑わいはまた違う。昨日若者の町、渋谷を歩いた。その人の多さに驚いた。何が違うのだろうか。女優の仲間由紀恵さんが、沖縄から東京に出てきたとき、東京の人の歩く早さに、そして食べるのが早い、さらに喋るのが早いのに驚いたと言う。
私は街のド真ん中に住んでいるにも関わらず、人の波に酔ってしまった。右も左もわからぬ街を歩くからなのか。若者のパワーに圧倒されたのか。早くこの街からぬけだしたくなってしまった。
マンモス都市、東京を肌で感じた一日だった。
帰りは最終の一つ前の新幹線に乗った。平日にもかかわらず、満席。ほとんどの乗客は仕事の関係のようだ。
斜め前に東京の若いビジネスマンの二人が大阪に着くまで喋りっぱなしだった。
東京弁は大阪弁と比べるとどこか気取った風に聞こえる。大阪人の偏見かもしれないが。しかし若いのはいい。職場の話が中心のようだが、仕事に燃えている様に聞こえる。私が小一時間寝て目覚めた時も互いにビールを開けながらとくとくと語っていた。明日の日本を背負う頼もしい若者。でもまだまだ負けられません。中年だってその気になれば・・・!!
by shikanko | 2006-12-20 21:36 | 社長ブログ | Comments(0)

感謝(ありがとう)平成18年12月13日


 ここ二三日、冷え込む日が続いている。店を閉めて妻と二人で私の母が入居している老人介護センターに行った。
近鉄電車で難波から一本で行けるが、いつもこの施設の夜の門限ぎりぎりである。
ほとんど洗濯物を届けるだけで帰る。
妻が一人で行ってくれているが、出来るだけ私も付いていく。
そんな帰りたまに二人で居酒屋に入る。
決まったところはない。気ままに見つける。
時間はいつも9時半を過ぎている。昨日の店は思いのほか満席だった。忘年会シーズンで団体さんが入っているのだろう。
店のウエイトレスが席まで案内してくれた。和式の畳の部屋で、掘り炬燵式のテーブルについた。足が楽である。

その部屋には他に3組ほどすでに入っていた。とりあえずビールでほっと一息ついた。すると後ろの席の男性二人の話が聞くともなく入ってきた。聞いていると、会社の従業員のことらしい。上司と部下のような関係だろう。
一人の若い男性が「加藤はもう良くやってくれてます。」「そやけど大田の方は朝は遅刻してくるし、言うたことはなかなかしないし同じ新人でもああも違うもんですか。」とあまりに声が大きいもんだからまるっきり聞こえる。もう一方の年配らしき男性の声はところどころでしか聞こえない。
「そうは言うけどな・・・・」なにやら部下の不満を聞いてやっているようだ。
どこも同じ悩みをもっているもんだと、ほっとするやら、おかしいやらでニタッとしていると、妻に「なんか面白いことあったん?」と聞かれ、ふっとわれに返った。
そしてビールをもう一飲みして「今日もありがとう」とつぶやいた。
by shikanko | 2006-12-13 20:11 | 社長ブログ | Comments(0)

御堂筋のイチョウ(平成18年12月10日

御堂筋の銀杏並木が一段と黄葉してきた。今年の冬は暖冬であるためか昨年と比べまだまだ銀杏の落葉は遅い。
しかし昨日の雨で落ちた葉っぱが舗道を久しぶりに黄金の道にしている。
この雨でぬれたイチョウの葉をはき取るのが結構疲れる。
ところで今年気づいたことであるが、ギンナンの実が意外と少なかった。
それは私が御堂筋が変わりつつあることに気づいていなかったからだ。
銀杏は雄木と雌木とある。秋にギンナンの実を付けるのは雌木である。
その雌木を実のならない雄木に植え替えられていっているのだ。
それと言うのも、ギンナンの実の悪臭のせいである。
毎年のギンナン落しのイベントも行われ、落とされたギンナンも回収されている。

しかし完全には回収は無理だ。残ったギンナンを歩行者が踏んだあときつい悪臭がする。また車のスリップの原因になるという理由からである。
もう何年かすれば、御堂筋では秋の風物、ギンナンも見られなくなるだろう。
ちょっと寂しい思いがする。
御堂筋の銀杏も男(雄木)ばかりになって「つまらない」と言っているかも。
親の勝手で男女の仲を引き裂いてうまくいったためしがない。
植物も同じではないか。人間の都合で自然の理を潰して良いのだろか。やっぱりバランスが大事だ。そんな思いをしながら木枯らしが吹くたびいっせいに落葉する中を竹ぼうきではいてはまたイチョウの葉が舗道を黄金に染めていくのである。
by shikanko | 2006-12-10 18:09 | 社長ブログ | Comments(0)

忘れることも良し(平成18年12月7日)


東京出張にでかけようと店を出たところでお客様に呼び止められた。まだ新幹線の時間まで少し余裕があったので無碍にせずもう一度店に戻った。久しぶりのご来店で少し話しが長くなった。急いで店を出て地下鉄に飛び乗った。ほっとしてふと前を見るとどこかでお会いしたことのある男性が座っておられる。まだ相手は気づいていない。なんとかして名前を思い出そうとしたが、なかなか出てこない。挨拶すべきか迷った。どうも最近人の名前がすぐに出てこない。もともと記憶力は良くないと思っている私は、年のせいとそんなに気にはしていない。

しかし我が妻は違うらしい。
昨日のことだ。買い物に行ったところで、私の友人に会ったと言う。何度も会っている人である。
挨拶の声をかけたが名前が出ない。
だから先方と目線があった時一瞬、間があったのだろう。しかし妻はとにかく挨拶と思い「こんばんは、ご無沙汰しております。」と言った。
先方も一瞬キョトンとしていたらしいが、にこやかに「こんばんは」と返された。
その場はそれですんだが、家へ帰るまでお名前を思い出すのに大変だったと言うことだ。
それと言うのも妻はOL時代、かなり大きな会社の受付をしていた。その当時一度会ったお客様の名前は、フルネームまで覚えたと言う。だから二回目の来社されたときは必ずお名前を言って迎えた。それをあるお得意さんが感心して、重役に言ったらしい。そこでその重役から誉められたことを今でも自慢にしている。
こういう人は、記憶力の衰えに敏感である。

まだ年というには早いが、忘れることはすこしずづ始まっているらしい。
またこれもいいではないか。忘れることは、
いろんな悩んだことも流していってくれる。人とのわだかまりも流してくれる。
みんな起こることは良いほうに受け入れていこう。それが一番だ。
by shikanko | 2006-12-07 22:32 | 社長ブログ | Comments(0)

忘れていた友(平成18年12月4日)


今日は久しぶりに良く寝た。起きてすぐにシャワーを浴びた。シャワーを浴びていると朝方見た夢が蘇ってきた。ほとんど忘れていた友人との在りし日の思い出である。
彼とはあるセミナーで知り合い、何か馬が合った。私の彼の初印象は、私より10歳は若く油が乗り切った青年実業家に見えた。
ところがそうではなかった。だんだん親しくなって彼の悩みを知るようになった。
彼の両親は幼い時別れて、父親に育てられたと言う。幼い時のお思いでは両親の夫婦喧嘩だと言うくらいだ。決して恵まれた環境で育ってはいない。それに父親もかなり厳しかったようである。

こんな環境でもとにかくぐれもせず、高校を出た。そして建築会社に入社し彼の生来の負けん気で馬車馬のように働いたという。
31の時独立して工務店を開いた。いまは社員を10人ほど使っている。
三年ほど前まで大手の下請けをしていたが、世間も認める不景気でその下請けを止めた。
一大決心だった。直販である。自ら営業に、もちろん社員も営業に出て、また必死に働いた。
最近ようやく、なんとか黒字になってきたという。しかし彼の悩みは、どうしても社員としっくり行っていないことだ。とにかくなんでも自分が率先してやってしまう。社員が育たない。とかく社員に厳しく当たる。みんな頑張ってやってくれていることは、心で認めているがやさしく誉める言葉が出てこない。

それを彼は父親のせいだという。
父親から何をしても否定されたことがカルマとして離れないらしい。「俺は、通常持つべき感性に欠けているんや。」と言っていた。
そうかもしれない。やはり両親の愛情で暖かく育った人間とやはりどこかが違う。
冷たい感情が彼の持っているやさしさを殺してしまっているのだろう。
しかし彼はそのことをきっちりと認識していた。そして会社の問題点も自分にあると明確に知っていた。
私は彼の謙虚な姿に、年は若いが尊敬の念を持ったことを覚えている。
その彼とはもう何年も会っていない。その彼が突然夢のなかで私の前に現れた。「何か意味があるのか」と屋上に出て真っ青な晩秋の空を仰ぎながら彼の顔を思い出していた。
きっとこの不況を乗り越え素晴らしい会社を築いていることだろう。
一度連絡してみよう。
by shikanko | 2006-12-04 21:41 | 社長ブログ | Comments(0)

個性を大事に(平成18年12月2日)

エメラルドは、日本人のもっとも好む宝石と言える。その鮮やかな色はエメラルドグリーンの海と表現される。ほとんど宝石に興味を示さない女性も魅了されてしまう。
エメラルドと言う鉱物は「ベリル」という
鉱物の仲間である。その仲間の代表的なのが水色の「アクアマリン」だ。そしてピンク色は「モルガナイト」黄色は「ヘリオドール」無色は「ゴッシェナイト」と言う。
この「ベリル」の中で一番扱いにくいのが「エメラルド」である。

と言うのは、非常に内包物を含んだ宝石だからである。ベリルの中でグリーンになる要素であるクロムと言う物質が成長過程でそうさせていると言われている。
特にコロンビアで取れるエメラルドは特別なインクルージョン(内包物)を持っている。三層インクルージョンと言われるものである。気体・液体・固体という3種類のインクルージョンが1つの結晶の中に見られる。その中には塩の結晶が見られる。
これがコロンビア産の特徴でもあり、天然の証拠でもある。
人(買われる方)はそれをキズといわれる。
しかしエメラルドのなかでこのコロンビア産が一番高価であると誰もが認めている。

さてここで、新聞のひとコマに凄い個性を持った若者を見つけた。あの「国内の10番目の自動車メーカー」と呼ばれる光岡自動車に勤めている青年だ。
彼の名は青木孝憲、31歳だ。
彼はこの度、光岡自動車が開発したスーパーカー「大蛇(オロチ)」をデザインした。一台1千万と言う高級車である。
10月に発売されて即50台の注文が入ったと言う。これではなんの驚くことではないが、その記事には、彼は小学校の成績は国語、と図工以外1か2だったと言う。さらに「学生時代は勉強も運動もできなかった。女の子にもてる要素がなかった。」とある。しかし彼はカッコよい仕事につきたいと思い専門学校でデザインを学んだ。そして大手の自動車メーカーを目指したが、簡単に門前払いされた。そこで見つけたのが富山市に本社がある光岡自動車だ。しかしそこも、学歴で蹴られた。だが彼は諦めなかった。どうしてもデザイナーとして入りたいと訴えた。彼の熱意は通じた。

彼の個性的過ぎるデザインは車内で敬遠された。しかし彼は言う「考えをまげたら中途半端になる。」と、またみんなは作業服だが彼だけTシャツとジーンズできめている。それを「造る側もかっこよくないと」と彼は自分の主義を貫いている。まさに彼は「ベリル」と言う鉱物の中のエメラルドである。
ある人はエメラルドをキズの多い宝石で扱いにくいから嫌いだ言う。
青木さんも最初は社内の人から扱い憎い人と思われていたかも知れない。
しかし彼は自分の個性を大事にし頑張ったお蔭で光った。磨かれたエメラルドになり、今輝いている。君はきっと若い人に勇気を与えているに違いない。がんばれ!
by shikanko | 2006-12-02 23:07 | 社長ブログ | Comments(0)

自ら変わる(平成18年12月1日)


「部下は上司を三日で見抜くが上司は部下を知るまで三年かかる」とよく言われる。
これは上に立つものが肝に銘ずることである。しかしこの言葉にどこかいやみを感じはしないか。下のものは上を常に批判的に見ていると取れる。人間はみな不完全な動物だ。上司も欠点だらけである。だから相手の欠点も受け入れる気持ちが無ければ、いやなところばかり目に付くものである。
上司は部下を知るのに三年かかるのは、何とかしてその部下を伸ばしたいと思う心からであると思う。上司は部下を批判的に見るので無く受け入れようとする。批判はたやすい、しかしその人を受け入れると言うのは本当に難しいものである。

最近の世の中を見ると、誰もが相手を責めている。相手を認めようとする心にかけてはいないか。誉めることが少ない。だから相手もまた責めてくる。
先月のブログでしかん香の「職場での教え」
を書いた。
この詩はみなさんもご存知のドロシー・ロー・ノトルさんのインディアンの教えを私なりに変えさせてもらったものだ。
最近時々この詩の「あなた」を「わたし」と入れ替えて唱和している。すると現在の自分の姿が職場が家庭が見えてくる。
もう一度、今度は「わたし」と変えてこの詩を読んでみよう。

いつも批判ばかりする「わたし」と仕事をする仲間は、非難することをおぼえる。

いつも叱る「わたし」と仕事をする仲間は、反抗することをおぼえる。

話を聞かない「わたし」と仕事をする仲間は、物言わずにいることをおぼえる。

皮肉を言う「わたし」と仕事をする仲間は、鈍い感性の持ち主となる。

しかし

いつも励ましてくれる「わたし」と仕事をする仲間は、自信をおぼえる。

心が寛容である「わたし」と仕事をする仲間は、忍耐をおぼえる。

誉めてくれる「わたし」と仕事をする仲間は、感謝することをおぼえる。

隠し事のない「わたし」と仕事をする仲間は、誠実さをおぼえる。

思いやりのある「わたし」と仕事をする仲間は、親切をおぼえる。

認めてくれる「わたし」と仕事をする仲間は、信頼をおぼえる。

わたし」の愛情で満たされた職場で仕事をする仲間は、周りへの思いやりをおぼえる


つまりは自分自身が相手に対し「責める心」を抑え「受け入れる心」を養うことではないか。
とにもかくにも世の中を明るくしたいものである。もちろん職場、家庭もそうだ。
by shikanko | 2006-12-01 23:16 | 社長ブログ | Comments(0)

 

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