しかん香ブログ
しかん香からの楽しいおたより

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お年寄りのお客様(平成18年11月30日)


 買取業をはじめて、お客様が変わった。特に最近お年を召した奥様がご来店になる。店の前で必ず一度は店内を見渡される。ここは大丈夫かなと思っておられるのだろう。
そして「ここは宝石を買い取って貰えるのですか。新聞の広告を見てきたんですが」と言いながら入って来られる。
「はい。どうぞ、こちらへ」と答える。
そしてゆっくりと私を前にしてテーブルにつかれる。それからやおら小さな買い物バックから小袋をだす。昨日の奥様は、その中から小さな宝石入れを出された。全部見せようとはせず、「これは、いくらぐらいになる」と試すように私に聞かれる。
「はい。これは石は買取できませんが、地金として重さで買取の査定をさせて頂きます。」とお答えする。
差し出された指輪のコクインをたしかめ、重さを量り、計算した査定額を書いた紙をお渡しする。納得したようすである。

しかしこれで終わらない。これからである。ご自分の半生を語り始められる。幼少のころ心斎橋の近くに住んでいた。小学校もどこどこの小学校だったとか、いろいろ。それからやはり宝石をよく買っていたころ、人生の華やかな頃のお話をされる。
そこで宝石箱が開かれる。「おっと」驚くような指輪がずらり。今出されたのは試しだったのだ。一本一本に思い出がある。その思い出話をわたしは相槌を打ちながら聞きつづける。私はおばあさん育ちであったから、ご老人(失礼な言い方ですが)とこんな会話をしてもあまり苦にならない。それより、なぜ一人でこんな高価なものを持ってこられたかと思った。もちろん私が見た限りでもおそらく一千万円以上の宝石である。生活も十分裕福に暮らしておられるように見受ける。それがなぜ。

「このような立派な宝石をどうして手放されるんですか。」とお聞きする。そうすると、やはり一瞬悲しいそうにされる。結局、誰もほしいと言わないらしい。
「お年はいくつになられるんですか」と聞くと85歳と言う。私の母親とよく似たところだ。息子さんがおられると言う。
しかしご主人が先立った今もお一人で暮らしておられるらしい。
私の母も今、介護施設にいる。
現代はこんな世の中である。事情は様々だ。それをとやかく言えない。
結局この奥様から18金のネックレスを一本買取させて頂くことになった。
帰る後ろ姿に「いつまでもお元気で」と祈るばかりだった。
こんなことで、お年を召されたご客様の接客はやはり私の役目らしい。
by shikanko | 2006-11-30 21:43 | 社長ブログ | Comments(0)

徳徳市のお礼(平成18年11月29日)

 お蔭さまでしかん香「徳徳市」も無事終えることが出来ました。お礼申し上げます。
さて現在の景気は戦後最長だった「いざなぎ景気」(65年11月~70年7月)を超えたと言われている。新聞紙上でも史上最高の利益を出している会社が多々見られる。
しかしなかなかその実感はない。多くの人もそう感じているのではないだろうか。
どうすれば、お客様に来ていただけるか、どうすれば喜んで買って貰えるか、今ほど真剣に考えていることはなかっただろう。
確かに景気は回復しているが個人消費が伸びない。その理由は「所得が伸びていない。」とか「税制の改革による老後の不安」などいろいろある。「不安」が消費を抑えている。

五木寛之氏の「不安の力」で彼は言っている。「「不安」が決して悪いことではない。
「不安」があるから「安心」があり「安心」の有難さが解る」と
つまりお客様の「不安」を受け入れ「安心」を共に感じること。これがこの苦境を切り拓く道かも知れない。
ともかく「諦めない」「愚痴を言わない。」
これがキーワードだ。そして感謝「ありがとうございます。」忘れないでおこう。
by shikanko | 2006-11-29 20:24 | 社長ブログ | Comments(0)

輝いている二人(平成18年11月27日)

 「挫折」という言葉の意味を引くと、「仕事や計画などが、中途で失敗しだめになること。また、そのために意欲・気力をなくすこと」とある。
しかしその挫折から這い上がってきた人は輝いてみえる。
今日二人の人物にそれを見た。その一人は昨日大相撲九州場所で敢闘賞と技能賞を受賞した「豊真将(ほうましょう)」である。
彼は小学校の2年から相撲を始め中学、高校と順調に実力つけ、日大相撲部へとエリートコースを歩んできた。ところが一年のとき怪我をした、さらに人間関係に悩んだ。そして退部し、相撲を捨てた。「あの時はそうせざるを得なかった」と彼は振り返る。しかし縁があって元関脇寺尾親方の部屋にはいる。
一昨年の春場所初土俵を踏んだ。そしてこの九州場所で大活躍し三賞を二つも受賞した。
寺尾親方は彼の礼儀正しいところを誉める。それは大学時代に味わった苦悩が彼を成長させたのだろう。
嬉しい力士が上がって来てくれた。相撲もまた楽しみになってきた。

ところでもう一人は、皆さんも良くご存知の歌手の西城秀樹さんだ。彼は三年前、突然病魔に襲われた。脳梗塞である。歩くこともできない、言葉もなかなか出てこない。彼はそれまで私たちも知るスターの道を歩いてきた。そこに大きな試練が襲った
彼は歌手生活の引退を決意。挫折を味わった。
しかし彼の奥さんは暖かく見守り彼を支えつづけた。二年の苦闘のリハビリをやり抜いた。そして三年ぶりにシングル「めぐり逢い」を出し、彼は見事に復活した。彼の苦闘の闘病生活は彼の歌への姿勢も変えたと言う。
彼は「これからは希望を与える歌手になりたい。」と語っている。
またこれからも西城秀樹はファンを魅了するだろう。
もちろん豊真将も日本人力士として相撲ファンをひきつけるに違いない。
この二人は「挫折」と言う苦悩の谷底から這い上がって今輝いている。
そしてこの二人から生きる勇気を貰って、ありがとうと拍手を送りたい。
by shikanko | 2006-11-27 20:28 | 社長ブログ | Comments(0)

ツーソンの思い出(平成18年11月25日)

 毎年一月の末から3週間ほどアメリカ、アリゾナ州のツーソンで鉱物から化石、宝石の世界最大展示会が行われる。
その歴史は、半世紀前にいくつかの鉱物標本業者が市内の中学校の体育館に集まって鉱物ショーを開催したことに始まるという。
私が最初にツーソンに行ったのは21年まえ、鉱物博士とも言うべき亡くなった父と一緒であった。
その時は会場も十会場ぐらいだった。それが今では町の北から南まで30会場ぐらいになっている。主催者もいくつもの団体があり、町のあちらこちらでショーが開かれている。
最初のツーソンは私が異業種からこの宝石業界に入り宝石の勉強を1年間し終えたばかりだった。

そしてツーソンの空港に降り立ったときは、
こんなサボテンだらけの田舎の町でジュエリーショーがあるのか疑ったものである。
しかし翌日メイン会場で入場許可書を取り
その会場に入ったとたん、いたる所に宝石(カットされた宝石や製品)を並べているではないか。聞くとホテル(4階建て)すべてが会場になっていると言う。
大きなメイン会場には百社を越す業者があらゆる宝石を陳列し、そして各部屋もほとんどが持ち込んだ宝石を並べている。もちろん廊下にも所狭しと、並べバイヤーと値段のやり取りが行われていた。
この会場でも、じっくり見て回ればゆうに一日はかかる。特にメイン会場はジュエリーが主だったこともその華やかさは今も記憶に焼きついている。

出品業者はアメリカ人、そして南米ブラジル、コロンビア、メキシコ、タイ、インド、香港、中国、イスラエルそしてヨーロッパ人まさに世界の人種のルツボだと思った。
最初の一日目は父の後をくっついて歩いていたが、二日目一人で業者と値段交渉して買いたくなった。
もちろん商品には値段は付けられていない。一日目の感じでは業者によって同じような商品でも値段は様々だな感じていた。どれが本当の値段か、かいもく解らない。ならば買うまでだ。買わなければ本当の値段(相場)を知ることが出来ないと思った。
高いか安いかは買った本人が決めるのだ。とにかく何件かのブースを廻り勉強したての知識を駆使して、吸い込まれるような真っ赤なルビーを買った。

しかし父からすればなんとも危なっかしい買い付けに見えただろう。
その父との買いつけはそれが最初で最後。
大好きなツーソン、鉱物への思いを胸に翌年他界した。こんな未熟な私を残し、さぞ後が心配だったろう。ツーソンの続きはまた次回に。
by shikanko | 2006-11-25 22:06 | 社長ブログ | Comments(0)

新商品を求めての旅(平成18年11月23日)

今日は売り出し初日だ。開店前からお客様が来られ並んで頂いた。嬉しい限りである。今回は宝石貴金属以外いろんな小物を出している。今のしかん香を物語っている。
妻を伴っていろんな仕入れ先に行ったものである。ギフトショーには東京へここ三年毎年行っている。何かお客様に喜んで頂けるものはないか、足を棒にするくらい商品を探した。お蔭で宝飾以外の異業種の仕入先とお付き合い出来るようになった。
そしてまた海外にも足を運んだ。香港、今年の一月にはニューヨークまで行った。
ニューヨークのギフトショーはあまりの大きさに唖然とするばかりだった。
このギフトショーでの商品もお客様に喜んで頂いている。

話しは変わるが、「ニューヨーク」で忘れることが出来ない思い出がある。
5年前、あのアメリカ同時多発テロが起こった年である。
事件が起きて三か月が経ったある日、どうしてもこの現場に行きたい衝動にかられた。
その時は私の行動は唐突的だったようだ。
ともかくすぐにニューヨーク行きの切符を買った。全くホテルも決めずに。
そして現場に立ったのは12月11日の夕方だった。三ヶ月たってもまだ白煙がたっていた。そして何とも言えぬ匂いがしていた。

テロは一瞬にして3000人以上の人を殺した。原因はなんだ。憎しみか!
このテロの跡地をギフトショーの後、久しぶりに妻と共に訪れた。小雨降るどんよりとした日だった。今もたくさんの人が訪れるという。
亡くなられた方にご冥福を祈ると共に生かされている私たちができることは何か。改めて考えさせられた。
こんな話しになりましたが、しかん香の将来を切り拓く旅は今も続けております。
お蔭さまで徳徳市初日はたくさんのお客様がご来店いただけました。心穏やかに感謝の心一杯です。
ありがとうございます。
明日も明後日も28日まで毎日ご来店をお待ちしております。
by shikanko | 2006-11-23 22:18 | 社長ブログ | Comments(0)

明日から徳徳市スタート(平成18年11月22日)


以前にプラチナ価格の暴騰をお伝えしました。やはり世界の投機筋のビッグマネーが我々の知らないところで動いているようである。
それが、一昨日も現れた。また前日高421円の暴騰だ。
一グラム当たり5.224円である。プラチナの日本での史上最高値は1980年3月6日につけた8.240円である。しかしこの時の為替は1ドル約220円台だったから、世界的には、プラチナの価格は今史上最高値である。
それが今日、いっぺんに447円下がった。。乱高下!買い取るほうもリスクが大きい。お客様にとっても一昨日買われた方は今日の値段を見て落胆されているでしょう。また売られた方は昨日売っておけばと地団太しておられるでしょう。

どちらにしても、大きなお金が動いていることは確かなようだ。一方金のほうはプラチナと比べると安定した値動きである。
と言っても2500円を付け高値安定である。
ちなみに1980年のプラチナの最低値は3750円である。
今が売り時か、買い時かは皆さんが決められること、また相場と言うものは神のみぞ知る。
明日からしかん香は一年ぶりの売り出しトキメキのトクトク市(徳徳市)スタート!!
金、プラチナ、ダイアモンドの買取も同時に行っております。どうぞお気軽にお越しください。
お待ち申し上げます。
by shikanko | 2006-11-22 22:34 | 社長ブログ | Comments(0)

一年ぶりの催し徳徳市(平成18年11月21日)

 
明後日から一年ぶりの店内での売り出しである。タイトルも徳徳市とした。
当店しかん香は今まで年末には我楽工宝市(ガラクタ市)をこの方十年以上やってきた。初めの頃は開店前から長蛇の列を作ったものである。しかしここ3年前ぐらいから状況は変わった。来場されるお客様がだんだんと減ってきた。原因ははっきりしている。当店のこの催し物に魅力が無くなったからである。同じことの繰り返しをしているだけだっだからだ。お客様が何を求めておられるかを考えているつもりが、自分本位であった。

今、しかん香は変わろうとしている。どう変わっていこうとしているか、わたしにもはっきりとした方策が掴めないでいる。
ただ、今までの考えはどうにかして損はしたくない。
誰もが考える当たり前のことだ。
しかし、今世の中自体が行き詰まり大きく変わろうとしている。自己の利益に固執しようとした様々な人や組織が崩れようしている。それをマスコミは極悪非道なやつらだと、追い詰めている。私たちもテレビのコメンテーターに付和雷同している。
つまりは人のことは、よく見えるが自分のことはなかなか判らないものである。
中国に「人を知る者は智なり、自ら知る者は明なり」という諺がある。
まさに自分を知ることは難しいらしい。

もとにもどるが、今回の催しは、初回に戻ろう、原点に戻ろうがテーマである。
まずはお客様に来ていただき喜んでいただく、その結果は大いなる者にゆだねよう。
偉そうなことをと、叱られそうですが皆様のご来場を心からお待ち申し上げます。
「ブログを見たよ。の一言でプレゼント進呈しましょう。
宜しくお願い申し上げます。
by shikanko | 2006-11-21 23:31 | 社長ブログ | Comments(0)

御堂筋は変わる(平成18年11月20日)


御堂筋の銀杏がほとんどギンナンを落とし黄葉している。
もう冬の到来である。冬一番が吹くとこの黄葉が御堂筋の並木道を黄金の絨毯の道にする。朝、早く舗道を歩くと銀世界でなく、
黄金の世界である。一瞬の幻想の世界に入る。しかしこれも、一旦雨にが降ると、危険な道に変貌する。なぜなら濡れた葉っぱで足をすくわれるのである。またこれも冬の風物でもある。
さて、我が店の隣のビルの工事は、着々と進んでいる。御堂筋からも一段と目立ち始めている。
最近、御堂筋を歩くと、建設中のビルが多いのに気が付く。南北を走る車メインの通りから、人の往来の多いシャンゼリゼや銀座の街になればうれしいのだが・・・
ご存知のごとくしかん香の斜め向かえには、ヴィトンが来る。

旧みずほ銀行跡地である。すでに銀行の建物は解体され、約300坪の土地はさら地になっている。この300坪の土地を路線価の3倍の100億でLVJグループが購入したことは大阪の不動産・金融業界を驚かせた。
といってもバブルの時はこの土地はまだその2倍以上坪1億円が付いていた。
また外資が東京の銀座を坪1億円であさっているとも聞く。彼らにとって、大阪の御堂筋はまだまだ安いと思っているのであろう。
投機とは恐ろしいものである。この地で生活し商売させてもらっている庶民には別世界である。それどころか毎日が厳しい商売が続いている現実がある。

一年後か二年後は御堂筋は本当のヨーロッパ通りになるだろう。
そのブランド店と渡り合うことができるか。
そんな不安が頭をよぎるが、この思いはマイナス思考だろう。大いなる者はなるべき形にもっていってくれる。
これが私の考えだ。さあ来るものは拒まず
相手の成功を祈ろう。されば我がしかん香も生きる道が切り拓かれていくだろう。
皆さん応援宜しくお願いします。
by shikanko | 2006-11-20 22:24 | 社長ブログ | Comments(0)

二人のビッグプレイヤーから学ぶ(平成18年11月18日)

今日のスポーツ欄は「ウッズ単独首位」と「宮里首位発進」が大きな見出しで紙面を飾っていた。
その記事の次の一節に「ああ、なるほど」と感嘆した。それは、「聖球」と呼ばれた伝説的な名手、ボビー・ジョーンズ(米国)が生前、著書に「ゴルフについて考えれば考えるほど、忍耐こそ、もっとも称賛に値すべき長所。」である記しているという。
そして彼らのプレーの様子を読んでいくと、プレー後のスピーチに、二人とも期せずして同じことを言っているのに気づいた。タイガーはこうだ。三番ホールのボギーのあと4番でチップインイーグル、6番7番ホールで難しいパットを入れ、ギャラリーをうならせた。そのことについて彼は言う。「いつも自分がやっていることだけに集中することこそ大事。」だと。

また一方宮里は10番ホールで2打目を池に落としてダブルボギーとなったが、その直後2連続バーディーを奪った。彼女の弁は「きょうは自然体でうまく集中できた。」だった。
彼らは共にミスを引きずらず「集中する力」が並外れていることに改めて感服する。
私のような下手なアマチュアプレーヤーは毎ホールミスの連続である。
ましてや、3パットなどしたら、次のホールからメタメタになることが多い。
ボビー・ジョーンズが言うようにまさに、ゴルフは忍耐のスポーツである。
私たちの毎日の生活も「ミス(精神的ダメージ)の連続」である。そしてそのミスを往々にしていつまでもくよくよと引きずり落ち込む。この二人のビッグプレヤーが、私たちに「ミスを引きずらず平常心で前向きに生きることが良い結果に繋がる。」と教えているようである。
今、タイガーは日本で、かたや宮里はアメリカで女子ツアーに参戦している。
これからも二人は世界のギャラリーに、ゴルフファンに、感動をもたらしてくれるでしょう。そして人生の壁にぶち当たって悩んでる人には大きな勇気を与えてくれるだろう。
また明日も二人のプレーが楽しみだ。
by shikanko | 2006-11-18 20:33 | 社長ブログ | Comments(0)

接客(平成18年11月17日)

 OLで込む時間を避け、昼下がりふらっと街角のレストランに入った。
店へ入ると、小柄な丸顔のウエイトレスが「いらっしゃいませ」「おたばこ、お吸いになられますか」と尋ねてきた。「吸わない」と答えると「どうぞこちらへ」と案内された。
テーブル席に着くと早速メニューを見せられ、とんかつ定食を頼んだ。
しばらくして料理が運ばれてきた。「どうぞごゆっくりおめしあがりください。」と言って離れた。
料理を待つ間も、ひっきりなしにお客がはいってくる。ウエイトレスは笑顔でテキパキ接客している。なかなか気持ちいい店である。
ごはんのお代わりを頼んだ。すぐにウエイトレスが来てその気持ちの良い応対に「はっと」させられた。

というのはお代わりは別途料金かもというこちらの気持ちを、さらっと「並にしましょうか、大盛りにしましょうか。」と、さらに「キャベツもいかかですか。」と間合い良く聞いて来た。
私は「並でお願いします。キャベツも」と答えた。
それを聞いてそのウエイトレスは厨房にいる従業員に注文を伝えていた。その返事が「はい。喜んで」と返ってきた。
話しは変わるが、しかん香も人から頼まれたら返事は「はい。喜んで」と答えるようにしている。私の発案でこの挨拶をするようになった。しかし初めは社員から少し抵抗はあった。宝石店でお客様に「はい、喜んで」は少し不適切ではとクレームが付き社内で用事を頼まれたときに使っている。

「接客」は、どんな商売でもその店の料理(商品)より以上に大切である。
有名店で、マニュアル通りに接客を行っているところもあるが、なにか心に響かない。
これは言うは易し、行うは難しである。
社内で教育したり、研修会に行かせたりするが、思うようにいかない。
尽きるところ、接客の良さは、その人の感性によるところ大きいと思える。
しかし「接客」の良さがその店が繁盛店になるかの一番の要素といえる。
ならば繁盛店になるには、どうすればよいか、やっぱり店主自ら感性を高めること、変わらなければならないということです。
リーダーが変われば社風も変わり社員も変わる。これは家庭でも同じことが言えるのではないでしょうか。
自分のことより相手を思う。「おもいやりの心」を育てて行きたいものです。
今日のランチは、美味しかった。
by shikanko | 2006-11-17 18:17 | 社長ブログ | Comments(0)

 

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