「部下は上司を三日で見抜くが上司は部下を知るまで三年かかる」とよく言われる。 これは上に立つものが肝に銘ずることである。しかしこの言葉にどこかいやみを感じはしないか。下のものは上を常に批判的に見ていると取れる。人間はみな不完全な動物だ。上司も欠点だらけである。だから相手の欠点も受け入れる気持ちが無ければ、いやなところばかり目に付くものである。 上司は部下を知るのに三年かかるのは、何とかしてその部下を伸ばしたいと思う心からであると思う。上司は部下を批判的に見るので無く受け入れようとする。批判はたやすい、しかしその人を受け入れると言うのは本当に難しいものである。 最近の世の中を見ると、誰もが相手を責めている。相手を認めようとする心にかけてはいないか。誉めることが少ない。だから相手もまた責めてくる。 先月のブログでしかん香の「職場での教え」 を書いた。 この詩はみなさんもご存知のドロシー・ロー・ノトルさんのインディアンの教えを私なりに変えさせてもらったものだ。 最近時々この詩の「あなた」を「わたし」と入れ替えて唱和している。すると現在の自分の姿が職場が家庭が見えてくる。 もう一度、今度は「わたし」と変えてこの詩を読んでみよう。 いつも批判ばかりする「わたし」と仕事をする仲間は、非難することをおぼえる。 いつも叱る「わたし」と仕事をする仲間は、反抗することをおぼえる。 話を聞かない「わたし」と仕事をする仲間は、物言わずにいることをおぼえる。 皮肉を言う「わたし」と仕事をする仲間は、鈍い感性の持ち主となる。 しかし いつも励ましてくれる「わたし」と仕事をする仲間は、自信をおぼえる。 心が寛容である「わたし」と仕事をする仲間は、忍耐をおぼえる。 誉めてくれる「わたし」と仕事をする仲間は、感謝することをおぼえる。 隠し事のない「わたし」と仕事をする仲間は、誠実さをおぼえる。 思いやりのある「わたし」と仕事をする仲間は、親切をおぼえる。 認めてくれる「わたし」と仕事をする仲間は、信頼をおぼえる。 「わたし」の愛情で満たされた職場で仕事をする仲間は、周りへの思いやりをおぼえる つまりは自分自身が相手に対し「責める心」を抑え「受け入れる心」を養うことではないか。 とにもかくにも世の中を明るくしたいものである。もちろん職場、家庭もそうだ。
by shikanko
| 2006-12-01 23:16
| 社長ブログ
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